ナポレオンのエジプト遠征をわかりやすく(目的は?エジプトに進軍した理由は?結果は?)【フランス革命・ナポレオンQ&A】

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てっちり

元 高校世界史教師

教室での授業では、限られた人数に対してしか歴史を伝えられないことに物足りなさを覚える。
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教師を辞めてネットで世界史関連のコンテンツを配信するようになった。

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Q&A 疑問の解決

こんな人におすすめ

ナポレオンのエジプト遠征について学んでいるのですが、

フランス軍がエジプトに行った目的

エジプト遠征の最終的な結末など

わからないことがたくさんあります。

誰かわかりやすく教えてください。

とお考えの学生の方、受験生の方、世界史を学びなおしている社会人の方

この記事から得られる情報

①ナポレオンのエジプト遠征 フランス軍の目的は?

エジプト遠征 最終結果はどうなったんですか?

読者の皆さんへのメッセージ

こんにちは。

元々高校の教員をしていました。てっちりです。

 

このサイトでは、

世界史を学ぶうえでの「わからない。」「なぜ?」に

お答えできるよう、情報を掲載しています。

 

特に近現代史になると、学ぶ概念も難しくなってくるので

生徒からの質問もわんさか飛んできました(笑)

そんな、学んで苦戦してきた教え子たちの苦悩と

ひとつひとつの質問に丁寧に答えてきた私の苦悩を無駄にしたくなかったので、

今回は記事としてしたためました!

 

本題 エジプト遠征について

エジプト遠征の目的

結論から言います

エジプト遠征の背景・目的

★背景:総裁政府は、第1回対仏大同盟を主導していたイギリスへの報復を企てた

★目的:イギリスの綿花の輸入路をふさぎ、イギリス経済に打撃を与えること

 

詳しく教えてください!

フランス軍は1798年から長期間にわたり、エジプト遠征をおこないました。

目的は対仏大同盟を主導していたイギリスへの報復です

元はというと、イギリスのピット首相が言い出しっぺでしたからね。

そんなイギリスの経済に打撃を与えることがエジプト遠征の目的です。

エジプトはイギリスにとって

どんなポジションなんですか?

てっちり先生
てっちり先生
綿織物の原料 綿花の輸送ルートです

※白地図の出展 https://www.freemap.jp/

 

当時のイギリスは産業革命の時期で、国内で綿織物を大量生産していました。

それを輸出して、イギリス経済が潤っていました。

 

でも原材料の綿花は高温多雨な地域でしか栽培できず、

インド・エジプト・カリブ海の西インド諸島からの輸入に頼っていました。

中でも当時のイギリスは、インド産綿花の輸入がメインでした。

 

インドから綿花を最短ルートで輸入するためには、エジプトを通ります。

インドからエジプトに綿花を運び、陸路でエジプトの地中海側の海岸まで運びます。

そして地中海を通って、船でイギリスまで運ぶ という輸送ルートをとっていました。

※当時はスエズ運河がまだ開通していません。

 

そうすると、アフリカ大陸をグルッと回らずに済み、

インドからイギリスまで最短ルートで綿花を運べます

 

さて、そんなエジプトをフランスが占領すればどうなりますか?

イギリスは綿花を輸入できなくなります!

もちろん綿織物工場もストップしますね!

そういうことです。

イギリス経済を崩壊させれば、

フランスとの戦いにお金をかけられなくなります。

フランス軍の狙いはそこでした。

 

 

エジプト遠征の結果

結論から言います。

エジプト遠征の結果・その後

全体としてフランス軍は敗北

→フランスはナポレオンを派遣するが、イギリスのネルソン提督アブギール湾の戦いで大敗

→その後、ナポレオン第2回対仏大同盟に対抗するため、フランス本国に帰国

→この段階でエジプト遠征は終結しました

 

詳しく教えてください。

イギリスは輸送ルートをふさがれると困りますから、本気で抵抗します。

イギリス軍は凄腕海軍提督 ネルソンをエジプトに派遣しました。

ネルソンはアブギール湾の戦いで捨て身の特攻に成功

フランス海軍は大敗し、イギリス軍が優勢に進みました。

 

ナポレオンは必至で応戦しましたが、

ナポレオンがエジプトで戦っている途中に…

フランス本国を激震させる事件が発生しました。

 

イギリス首相ピットが、ヨーロッパ諸国に第2回対仏大同盟の結成を呼びかけたのです。

なぜこのタイミングなんですか?

てっちり先生
てっちり先生
フランス軍の主力がエジプトに行っていて

フランス本国が手薄だからです。

ピットはこれを、フランス革命政府を打倒するチャンスととらえました。

確かに、天才司令官ナポレオンはエジプトにくぎづけ状態

 

フランス本国を落とすなら今がチャンスですね!

 

対仏大同盟の軍は一挙してフランスに押し寄せ、首都パリをめざしていきました。

フランス本国の総裁政府はあわてふためきました。

 

総裁政府で会議が開かれます。

「敵が攻めてきた。さすがに和平交渉に入るか?」

「それとも全国民を挙げて戦うか?」

しかしここで総裁政府の悪い部分がはたらきます。

意思決定が壊滅的に遅い(笑)

総裁政府で意思決定をするには、

5人の総裁による賛成と、二院制議会の両院での賛成が必要です。

この緊急事態に対してすべての政治家の意見がまとまるはずはなく、意思決定が遅れました。

 

その間にも対仏大同盟の軍は容赦なく迫ってきます。(ピンチ!)

 

窮地に立つフランス

エジプトにいて何もできないナポレオンは、もどかしい気持ちで言います

「フランスに帰るぞ」

 

ナポレオンはエジプトでの作戦を放棄し、フランス本国に戻りました。

帰国後、ナポレオンは総裁政府のメンバーを一喝します。

「貴様らが何も決められないのであれば、私が全責任をもってフランスを守る!」

ナポレオンは頼りない総裁政府にクーデタを起こし、政権を自分の手におさめようとしました。

 

ナポレオンの強い言葉に、周囲の政治家たちは感激しました。

「フランスを守るには、この男に頼るしかない」

結果的にナポレオンのクーデタは成功し、総裁政府からナポレオンに実権がうつりました。

 

ナポレオンのこの一世一代のクーデタを、

ブリュメール18日のクーデタと言います。

結果として総裁政府は崩壊し、ナポレオンによって統領政府が新設されました。

 

こうしてエジプト遠征は、司令官のナポレオンの帰国という形で

なかば強制終了する形となりました。

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